東京高等裁判所 平成4年(行ケ)76号 判決
大阪市北区西天満2丁目4番4号
原告
積水化学工業株式会社
同代表者代表取締役
西澤進
同訴訟代理人弁理士
大西浩
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
麻生渡
同指定代理人
渋井宥
同
谷口博
同
中村友之
同
長澤正夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成2年審判第11138号事件について平成4年2月6日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
訴外スイス国法人スポルトフエルデルング ペーターキュング アーゲーは、1981年1月15日にスイス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和57年1月6日、名称を「弾性の可撓床敷物」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和57年特許願第826号)をしたところ、平成2年4月10日、拒絶査定を受けたので、同年7月9日、審判の請求をし、平成2年審判第11138号事件として審理されたが、その間の平成2年6月27日、原告は前記訴外法人から本願発明につき特許を受ける権利を譲り受け、同年10月15日、特許庁長官に届け出たが、平成4年2月6日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年3月9日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
プラスチック材料の複数の四角形の板状要素(1)から成り、該要素(1)の各々が、外枠(2、3、4、5)と格子状補強部材を含む骨格構造をもつスポーツ競技場を覆う弾性の可撓床敷物において、前記四角形要素(1)の各々は、2つの対角線的に対向する角を結ぶ斜めに延びている2本の補強部材(6、7)と前記四角形の要素の辺に平行なそれぞれの対称軸に沿って延びている補強部材(8、9)を有し、補強部材の密な補強網は、前記四角形の要素の各側縁及びそれらの対角線に平行に延びており、前記補強部材のすべてはそれらの各交差点で相互に連結され、その交差点はそれぞれの要素(1)を床に支える下方に突出した支持部材を備え、また、前記四角形の各要素(1)は、前記敷物における隣接する四角形の要素同士を解きはずし可能に連結するための手段を有し、該連結手段が、2つの隣接するそれぞれの辺にループ様の下方に口径が僅かに拡がりながら延びている複数の耳状突出部(10)及び残りの2つの隣接辺のそれぞれに下方に突出した複数の突出部(11)から成り、該突出部(11)がつけ根からその底部に向けてテーパー付けされ、隣接する四角形要素の舌状突部と協力して所定位置にロックされるように適用されることから成る改善された床敷物(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
(2) 本件出願前に実用新案登録出願され、本件出願後に出願公開された昭和55年実用新案登録願第135132号の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下「引用例」という。)には、次に示すようなテニスコート等の敷設用タイルが記載されていると認めることができる。「前後左右に連結してテニスコート等を造成するプラスチック等の弾性材料よりなる方形状のタイル主体(1)の4周に枠を設けて、その表面を第1図及び第3図に示されているように二等辺三角形の網目を有する網状体(2)に形成し、網目状の裏面交叉部に複数の支柱(6)(7)を立設し、タイル主体(1)の隣接する2つの周辺部外周に適宜間隔毎に楕円形状の通孔(3)を形成した複数個の環状耳部(4)を設けるとともに、タイル主体(1)の裏面における他の2つの周辺部にこの環状耳部(4)に嵌合する複数個の突起部(5)を設け、この突起部(5)を基端部より先端に向かってその直径が漸次大きくなるようにし、通孔(3)に嵌入後良く孔にフイットしてタイル主体(1)の連結を確実にするようにしたテニスコート等の敷設用タイル」(別紙図面2参照)
(3) 以上の認定に基づいて本願発明と引用例記載の考案とを比較すると、引用例記載の考案のテニスコート等の敷設用タイルは、本願発明にいう床敷物の範疇に属するものであって、その構成要素である引用例記載の考案におけるタイル主体(1)は、本願発明にいう板状要素(1)、四角形要素(1)ないしは要素(1)に相当し、同じく、枠は外枠(2、3、4、5)に、網状体(2)は格子状補強部材ないしは補強網に、支柱(6)(7)は支持部材に、環状耳部(4)は耳状突出部(10)ないしは舌状突部に相当していることが明らかである。
次に、これを前提にして、本願発明の要旨とする構成と引用例記載の考案の構成とを順次比較すると、引用例記載の考案のテニスコート等の敷設用タイルは、「前後左右に連結してテニスコート等を造成するプラスチック等の弾性材料よりなる方形状のタイル主体(1)の4周に枠を設けて、その表面を第1図及び第3図に示されているように二等辺三角形の網目を有する網状体(2)に形成し」たものであるところから、本願発明の床敷物の構成である「プラスチック材料の複数の四角形の板状要素(1)から成り、該要素(1)の各々が、外枠(2、3、4、5)と格子状補強部材を含む骨格構造をもつスポーツ競技場を覆う弾性の可撓床敷物」の構成に相当する構成を備えているといえる。
次いで、その四角形の板状要素(1)に関する構成である「前記四角形要素(1)の各々は、2つの対角線的に対向する角を結ぶ斜めに延びている2本の補強部材(6、7)と前記四角形の要素の辺に平行なそれぞれの対称軸に沿って延びている補強部材(8、9)を有し、補強部材の密な補強網は、前記四角形の要素の各側線及びそれらの対角線に平行に延びており、前記補強部材のすべてはそれらの交差点で相互に連結され」との本願発明の構成を引用例記載の考案における方形状のタイル主体(1)に関する構成である「その表面を第1図及び第3図に示されているように二等辺三角形の網目を有する網状体に形成し」た構成と比較すると、引用例記載の考案との間に顕著な効果の差異をもたらすような構造上の差異はなく、両者の構造は大差ない。
また、引用例記載の考案においは、「網目状の裏面交叉部に複数の支柱(6)(7)を立設し」ているところから、本願発明における「その交差点はそれぞれの各要素(1)を床に支える下方に突出した支持部材を備え」との構成に相当する構成を採用しているといえる。
更に、引用例記載の考案においては、「タイル主体(1)の隣接する2つの周辺部外周に適宜間隔毎に楕円形の通孔(3)を形成した複数個の環状耳部(4)を設けるとともに、タイル主体(1)の裏面における他の2つの周辺部にこの環状耳部(4)に嵌合する複数個の突起部(5)を設け、この突起部(5)を基端部より先端に向かってその直径が漸次大きくなるようにし、通孔(3)に嵌入後良く孔にフイットしてタイル主体(1)の連結を確実にするようにした」構成を採用しているところから、本願発明における「前記四角形の各要素(1)は、前記敷物における隣接する四角形の要素同士を解きはずし可能に連結するための手段を有し」との構成に相当する構成を採用しているといえる。
そして、その連結手段についてみると、引用例記載の考案は、前記の構成に照らし、本願発明の連結手段の構成である「該連結手段が、2つの隣接するそれぞれの辺にループ様の下方に延びている複数の耳状突出部(10)及び残りの2つの隣接辺のそれぞれに下方に突出した複数の突出部(11)からなり、該突出部(11)がつけ根からその底部に向けてテーパー付けされ、隣接する四角形要素の舌状突部と協力して所定位置にロックされるように適用される」との構成に相当する構成を備えていることが明らかである。
もっとも、耳状突出部の構造について、本願発明は、その口径が僅かに拡がるようにしている点で引用例記載の考案と若干相違するが、本願明細書の記載によってはこの点に格別の効果はなく、その相違は、構造上の微差といえるから、両者の連結手段に実質的な差異はない。
なお、審判請求の理由では、この点の相違により、個々の床敷物同士を連結する場合に、本願発明においては極めて強固な連結が得られるのに対し、引用例記載の考案ではこのような強固な連結が得られない旨主張しているが、本願の第2図に示されている耳状突出部(10)及び突出部(11)の具体的構造を参酌しても、この点の相違により両者の効果に顕著な差異が生じるとは、客観的に認められない。
(4) 以上のとおりであるから、本願発明は、引用例記載の考案と実質的に同一である。
そして、本願発明の発明者が引用例記載の考案をした者と同一の者ではなく、かつ、本件出願時に本願の出願人が引用例記載の考案に係る実用新案登録出願の出願人と同一の者でもないから、本願発明は、特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができない。
4 審決の取消事由
審決は、引用例記載の考案の技術内容の認定を誤って、引用例記載の考案が本願発明の外枠(2、3、4、5)に相当する枠を有し、その点で本願発明と引用例記載の考案とは同一の構成を有すると誤って判断し(取消事由1)、また、本願発明が耳状突出部の口径を僅かに拡がるようにした構成により顕著な作用効果を奏することを看過し、引用例記載の考案の環状耳部との構成の相違は、構造上の微差であり、両者の連結手段に実質的な差異はないと誤って判断し(取消事由2)、もって本願発明と引用例記載の考案とは実質的に同一であると判断したもので、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1
審決は、引用例記載の考案の方形状のタイル主体(1)は4周に枠を設けており、それが本願発明の外枠(2、3、4、5)に相当すると認定し、もって、引用例記載の考案は、本願発明が外枠を備える構成に相当する構成を備えている旨認定している。
しかし、引用例記載の考案のタイル主体(1)の4周に枠はなく、審決の前記判断は誤りである。
本願発明における外枠は、本体の骨格構造の主要な要素をなすものである。
一方、引用例には、引用例記載の考案のタイル主体(1)の4周に枠を設けることは記載されていない。
そして、図面をみても、引用例の第1図(平面図)と第2図(側面図)とは、後者に環状耳部が描かれていない点で一致しておらず、引用例記載の考案の技術内容は不明確であり、これから、引用例記載の考案のタイル主体(1)が4周に枠を設けていると認定することはできないものである。
したがって、審決が、引用例記載の考案は本願発明が外枠を備える構成に相当する構成を備えている旨認定したことは誤りである。
(2) 取消事由2
審決は、本願発明の耳状突出部は、その口径が僅かに拡がるようにしている点で引用例記載の考案の環状耳部の構成と相違することを認定しながら、本願発明がその構成により顕著な作用効果を奏することを看過し、もってそれらを構造上の微差であるとした上、本願発明と引用例記載の考案の連結手段に実質的な差異はないと判断したものであり、誤りである。
本願発明のような床敷物においては、その上に人が乗り、荷重が加わると、床敷物同士の連結箇所(耳状突出部(10)と突出部(11)による。)に引張力が加わることがある。
また、その床敷物は、屋外で使用されることが多いが、その場合、寒暖の差による温度変化(夏期の日中は表面温度が60℃に達し、冬季の深夜では0℃程度に降下することがあり、温度差は60℃もある。)による膨張、収縮によっても、連結箇所に引張力が加わることになる。
その場合、引用例記載の考案のように、環状耳部が単なる筒状であれば、極めて容易に突出部が抜け出てしまい、連結が外れる。
これは、引用例記載の考案では、環状耳部と突出部は線接触しているにすぎず、その線接触も、両者の嵌合が寸法的に精度のよい場合に限られるからである。そして、一般的にいって、床敷物は精密製品ではないので、寸法的精度は良くないのが普通である。
これに対し、本願発明のように耳状突出部の口径が僅かに拡がるようにしていれば、突出部が抜け出して連結が外れることはない。
これは、本願発明においては、耳状突出部は突出部のテーパーと相互に係合し、両者は面接触しているからである。そして、面接触するためには、床敷物について厳密な寸法精度を必要とはしないのである。
以上のような本願発明の耳状突出部と引用例記載の考案の環状耳部の構成の違いにより、連結の強度に大きく差が出ることは、甲第4号証及び第5号証の各実験報告書からも明らかである。
甲第4号証の実験報告書においては、本願発明の床敷物は、引用例記載の考案の床敷物に比べ、引っ張り強度において30~35%大きく、また、引き剥がし強度において3倍ないし8倍大きいとの実験結果が報告されている。
甲第5号証の実験は、被告から、甲第4号証の実験について、「引用例記載の考案の実施品という資料2のように、耳状突出部の短口径を突出部の外形より大きくすれば、突出部が耳状突出部より極めて容易に抜け出る状態なるのは当然である。」との批判を受けて、その部分につき再度条件を変えて行ったものであるが、それでも、本願発明の床敷物は引用例記載の考案の床敷物に比較して、引っ張り強度において25~39%程大きいという結果が出ている。
このように、本願発明はその耳状突出部の構造をその要旨とするような構成にしたことにより、個々の板状要素同士を連結する場合に極めて強固な連結が得られるものであり、引用例記載の考案の環状耳部の構成によってはこのような強固な連結は得られないものである。
なお、本願明細書には、本願発明の前記構成による連結強度に関する効果については、明確には記載されていないが、従来技術に関し、「隣接する要素間の結合(連結)が外れることすらあった。」(2頁13行、14行)と記載されており、その示唆はされている。
したがって、審決が、本願発明の耳状突出部の構成によっては格別の効果はなく、引用例記載の考案との相違は、構造上の微差であり、両者の連結手段に実質的な差異はないと判断したことは誤りである。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3は認める。
2 同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。
(1) 取消事由1について
引用例の「本考案は、プラスチック等の弾性材料よりなるタイル主体(1)を網目状に形成し、該主体(1)の隣接する2つの周辺部外周に、適宜間隔毎に複数個の環状耳部(4)を突設すると共に、主体(1)の裏面における他の2つの周辺適所に環状耳部(4)に嵌合する複数個の突起部(5)を設け、さらに前記網目状の交叉部に複数個の支柱(6)(7)を立設したテニスコート等の敷設用タイルに係るものである」(明細書5頁1行ないし9行)との記載によると、引用例記載の考案の敷設用タイルは網目状に形成されていること、そして、第1図、第3図、第5図及び第6図に明示されるように、引用例記載の考案の敷設用タイルの周辺部外周は、平面図及び裏面図として見て、網目の1辺を形成する2本の平行線で表されており、かつ、そのうちの外側の線は敷設用タイルの全周縁をなす連続した1本の線となっているところをみると、前記周辺部外周は明らかに連続的長尺体で成る枠体であり、引用例の明細書と図面には枠体が明瞭に示されている。
原告は引用例の平面図と側面図とは一致しない理由として側面図に環状耳部(4)が示されていないことを挙げるが、第2図を第1図の側面の模式図として見れば、一致していないとはいえず、仮に一致しないとしても、引用例記載の考案の技術の解釈に何ら不都合はないので、引用例記載の考案の技術内容が不明瞭であるとすることはできない。
よって、原告の取消事由1の主張は理由がない。
(2) 取消事由2について
原告は、本願発明のように耳状突出部の口径が僅かに広がるようにしていれば、突出部のテーパーと相互に係合することになり、連結箇所に引張力が加わっても連結が簡単に外れることはない旨主張するが、本願明細書には、そのような効果については全く記載されていない。
原告が指摘する本願明細書の「隣接する要素間の結合(連結)が外れることすらあった。」という記載も、耳状突出部の口径の構造に関連して述べられたものでないことは明らかであり、前記の効果を示唆するものではない。
一方、引用例記載の考案のタイルは、引用例に「突起部(5)を基端部より先端部に向ってその直径を漸次大きくしてあるので通孔(3)に嵌入後は良く孔にフイットしてタイル主体(1)の連結を確実にする」(3頁17行ないし20行)と記載されているとおりであり、またそれがテニスコート等の敷設用タイルであれば、その上に人が乗り荷重が加わるとタイル主体の連結箇所に引張力が加わることがあり、また屋外で使用されることが多いため、寒暖の差による温度変化によっても連結箇所に引張力が加わることがあることは、本願発明に係る床敷物と同様であり、当然これらの使用条件は考慮の上に設計されていると解される。
したがって、原告が主張するように、引用例記載の考案のタイルにおいて、環状耳部(4)と突出部(11)との連結箇所に引張力が加わったとき極めて容易に環状耳部から突出部が抜け出てしまい、連結が外れるということはありえない。
なお、原告は、本願発明と引用例記載の考案の連結強度の差を生ずる理由として、本願発明の耳状突出部は突出部のテーパーと相互に係合し面接触しており、しかも、面接触するには厳密な寸法精度は必要としないが、引用例記載の考案では単に線接触しているにすぎず、しかもその線接触は両者の嵌合が寸法的に精度の良い場合に限られる旨主張する。
しかし、本願明細書において耳状突出部と突出部とが面接触していることは全く記載されていない。そして、口径が「僅か」に広がるというその程度の具体的数値や耳状突出部の口径と突出部の外径の具体的数値等の特定された寸法精度について明示した結合の態様が一切開示されていない以上、本願発明において両者が面接触しているということはできない。
また、原告は、甲第4号証と甲第5号証の各実験報告書を提出して、本願発明の構成による連結が引用例記載の考案の構成による連結より強固である旨を主張する。
しかし、甲第4号証の実験に用いられた引用例記載の考案の実施品という資料2は、耳状突出部の口径を突出部の外径より更に大きく形成しているが、こうすれば、突出部が耳状突出部から極めて容易に抜け出る状態になるのは当然である。しかし、これは、引用例に記載されているように突出部が環状耳部にフイットした状態とはいえず、引用例記載の考案の係合状態とはなっていない。
また、もともと本願明細書には、本願発明の嵌合条件については一切記載がなく、そのことはさて置いても、本願発明の実施品という資料1は、耳状突出部の上端部の短口径が6ミリとされていて(第4図)、突出部の最大外径6.5ミリ以内の寸法とされており、また、耳状突出部の上端部の長口径も資料2のそれよりも小さい。
このように、本願発明の実施品としている資料1は、本願明細書に開示されていない嵌合条件を構成としているものであり、引用例記載の考案の実施品としている資料2は、引用例に記載されているものとは異なるものであり、しかも両実施品はその嵌合条件を異にしているから、このような実験は、本願発明のものと引用例記載の考案のものとの連結強度の差異を何ら証明するものではない。
甲第5号証の実験もまた同様であり、本願明細書に開示されていない嵌合条件によるものであり、また、本願発明の実施品とされた資料1と引用例記載の考案の実施品とされた資料3、4とでは、耳状突出部の上端部の長口径が資料1において資料3、4よりも小さくなっている等実験条件に問題があり、このような実験は、本願発明と引用例記載の考案の連結手段の連結強度の差異を何ら証明するものではない。
以上のとおり、本願発明の耳状突出部の構成により引用例記載の考案の環状耳部の構成に比し連結が強固になるという原告の主張は理由がなく、審決が、その構成の相違は構造上の微差であると判断したことに誤りはない。
第4 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
第1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。
また、引用例記載の考案が4周に枠を設けているとの点を除く審決の引用例記載の考案の技術内容の認定並びに引用例記載の考案の枠が本願発明の外枠に相当しているとの点及び本願発明と引用例記載の考案の連結手段に実質的な差異はないとの点を除く審決の本願発明と引用例記載の考案との対比認定は当事者間に争いがない。
第2 そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。
1 本願発明について
成立に争いのない甲第2号証の1、2及び甲第7号証の1、2によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果として次のとおり記載されていることを認めることができる。
(1) 本願発明は、板状正方形のプラスチック要素からなる弾性の可撓床敷物に関するもので、その各要素は、外枠とそれで囲まれる格子状補強部材並びに隣接要素に対する結合具をつけた骨格構造をもっている。
骨格構造ないし格子構造をもつこの種のプラスチツク要素から、これまでにスポーツ競技場の床面特にテニスコート床面がうまく作られていた。
従来公知のプラスチック板状要素には、辺と対角線を平行に走る補強部材が既につけられていたが、これにはすべての角が補強部材に接続する補強網はなかったので、荷重によってねじれが生じ、隣接する要素間の結合(連結)が外れることがあった。そこで、いわゆる延長みぞをつけて、板を主な2方向に分割して、変形を部分的に阻止することが検討されたが十分ではなかった。
本願発明は、隣接する要素間の連結が外れず、安定性のあるプラスチック要素からなる弾性の可撓床敷物を提供することを技術的課題(目的)とする(明細書2頁1行ないし16行、平成1年3月20日付手続補正書2頁3行ないし5行)。
(2) 本願発明は、前項の技術的課題を解決するために、その要旨とする構成(特許請求の範囲記載)を採用した(平成2年8月8日付手続補正書別紙1頁2行ないし2頁8行)
(3) 本願発明は、板状要素の各々が少なくとも2つの対角線を通り、角の2つと互いに結合する補強部材を設けたので、実用上不便で費用のかかる延長みぞを設けなくても優れた安定性が得られる(明細書2頁17行ないし3頁4行)。
2 取消事由1について
原告は、審決が引用例記載の考案の4周に枠があり、これが本願発明の外枠に相当し、その点で引用例記載の考案は本願発明と同一の構成を備えている旨判断したことの誤りを主張する。
本願発明の要旨からすると、本願発明の可撓床敷物の板状要素(1)は、外枠(2、3、4、5)と格子状補強部材を含む骨格構造を持つものとされているが、前掲甲第2号証の1によれば、本願発明の実施例の説明図である別紙図面1第1図及び第2図をも参酌すると、その外枠とは、四角形の板状要素(1)の外周部分であり、その内側に格子状補強部材がつけられているものであって、その外枠は、格子状補強部材とは別個の部材として成形されたものである必要はなく、格子状補強部材と一体成形されたものでもよく、四角形の板状要素(1)の外枠たる外周部分に耳状突出部や突出部がつけられ、隣接する板状要素と連結される構成のものを含むことが明らかである。
一方、成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例の実用新案登録請求の範囲(1)には、「プラスチック等の弾性材料よりなる方形状のタイル主体(1)の表面を網目状に形成し、該主体(1)の隣接する2つの周辺部外周に、適宜間隔毎に複数個の環状耳部(4)を突設すると共に、主体(1)の裏面における他の2つの周辺部適所に該環状耳部(4)に嵌合する複数個の突起部(5)を設け、さらに前記網目状の交叉部に複数個の支柱(6)(7)を立設したことを特徴とするテニスコート等の敷設用タイル。」(1頁5行ないし13行)と記載されており、第1図(平面図)では、正方形に形成された網状体(2)の周辺部外周が連続した2本の平行した線で表され、そのうち2辺に環状耳部(4)がつけられており、第2図(側面図)では、その左右の縁辺(第1図の周辺部外周に対応する位置に描かれている。)が支柱と同様に下方まで延びており、また、第3図(裏面図)では、周辺部外周の環状耳部がつけられていない2辺に突出部がつけられていることが認められる。
そして、その周辺部外周につけられた環状耳部と突出部をもって隣接するタイル主体と連結されるものであることは前記実用新案登録請求の範囲の記載から明らかである。
以上のことからすると、引用例記載の考案のタイル主体(1)の周辺部外周は連続した長尺体により形成されるものであり、これが本願発明の外枠に相当するものであることは明らかである。
本願明細書や引用例とそれぞれの図面によれば、本願発明と引用例記載の考案の板状要素(タイル主体)の構成には何らの違いはないものであり、ただ、本願発明は、板状要素の構成を外枠とその内にある補強部材とに分けて表したのに対し、引用例記載の考案は、その全体をタイル主体として表し、本願発明の外枠に相当する部分を周辺部外周として表したものであって、単に構成の表し方に相違があるにすぎないものである。
したがって、審決が、引用例記載の考案の4周に枠があること、そして、その点で本願発明の構成と同じであると判断したことに誤りはない。
これに対し、原告は、引用例の第2図(側面図)には環状耳部が描かれておらず、第1図とは一致しないとして、引用例記載の考案の技術内容は不明確であり、4周に枠があるか否か不明である旨主張する。
しかし、前掲甲第3号証によれば、引用例の図面の簡単な説明の項には、「図面は本考案の実施例を示すもので、第1図は平面図、第2図は側面図(略)である。」(6頁13行ないし18行)と記載されていることが認められ、第1図が引用例記載の考案の実施例の平面図、第2図がその側面図であることが明らかにされている。
そして、別紙図面2第1図には、タイル主体(1)の外周の2辺にそれぞれ4つの耳状突出部が描かれているが、同第2図には正面の辺に4つの環状耳部が描かれているのみで、他の1つの辺の環状耳部が描かれていない(左右の何れかの端に環状耳部の側面が1つ描かれるのが正確である。)。
これが図面の誤りであるか、あるいは単に簡略化のために落としたものかは明らかではないが、その何れにせよ、引用例記載の考案の技術内容は、明細書の記載と図面(別紙図面2第1図ないし第8図)から明確であり、およそ、タイル主体(1)の4周に枠を設けるものであることに疑義が生ずるものではない。
よって、原告の取消事由1の主張は理由がない。
3 取消事由2について
原告は、本願発明がその耳状突出部の口径を下方に僅かに拡がる構成としたことにより、引用例記載の考案と比べて極めて強固な連結力が得られるという顕著な作用効果を奏するとして、審決がこれを否定し、両者の連結手段に実質的な差異はないと判断したことの誤りをいう。
原告は、その理由として、本願発明の耳状突出部と突出部の連結は面接触するのに対し、引用例記載の考案の環状耳部と突出部とは線接触しかせず、しかもその線接触も寸法精度の良い場合に限られるとして、本願発明の構成が連結を強固にする格別の作用効果があると主張する。
本願発明の要旨からすると、本願発明の連結手段の構成は、耳状突出部が「ループ様の下方に口径が僅かに広がりながら延びている」ことと、突出部が「つけ根からその底部に向けてテーパー付けされ」ていることのみが規定されているにすぎない。
そして、前掲甲第2号証の1、2及び第7号証の1、2を検討しても、本願明細書の発明の詳細な説明の項には前記の構成に関して何らの記載もされておらず、実施例を表す図面でも、別紙図面1第1図(平面図)において耳状突出部の口径が長孔であることが示され、第2図(断面図)において耳状突出部の長孔の断面が下方に向かって僅かに拡がっているように描かれ、また、突出部が下方にテーパー付けされたものに描かれているだけであり、それ以上の形状(特に、突出部のテーパーと耳状突出部の口径のテーパーの一致の有無)、耳状突出部の口径や突出部の外径の具体的数値は何ら明らかにされていない。
したがって、本願発明において、耳状突出部と突出部とが面接触していると当然にはいうことはできない。
もっとも、連結部に引張力が働いたときは、突出部の可撓性の程度に応じて、引張力が働く方向において耳状突出部と面接触するものと認められる。
しかし、前掲甲第3号証によれば、引用例の別紙図面2第7図において、突起部が環状耳部の通孔に面接触している状態に描かれていることが認められることから明らかなとおり、引用例記載の考案でも、ある方向に引張力が働けば、突起部の可撓性の程度に応じて、環状耳部に面接触するものと認められるのである。
したがって、本願発明と引用例記載の考案の耳状突出部(環状耳部)と突出部(突起部)との連結において、原告の主張するように、一方は面接触、他方は線接触という接触状態の違いがあるものではなく、引張力が働いたときには、いずれも、可撓性の程度の応じて面接触するものと認められる。
もっとも、本願発明のように耳状突出部の口径を下方に僅かに拡がるようにし、突出部をその底部に向けてテーパー付けすれば、引用例記載の考案のように環状耳部の通孔が筒状の場合と比べてよりピッタリと係合し、引っ張り強度あるいは引き剥がし強度が大きくなることは技術常識である(引用例の第7図において、環状耳部の通孔が上方に向けて狭まっていれば、係合がより強まり、突起部がより抜けにくくなることは自明のことである。)。
成立に争いのない甲第4号証によれば、原告が本願発明の実施品とする資料1と引用例記載の考案の実施品とする資料2について引っ張り強度及び引き剥がし強度の実験をしたところ、資料1は、資料2に比し、引っ張り強度において30~35%、引き剥がし強度において3ないし8倍、それぞれ大きいとの結果がでたこと、成立に争いのない甲第5号証によれば、被告から、前記実験における資料2の環状耳部の短孔の上下口径は突出部の最長直径より大きく設定されており、条件として不合理でありとの指摘を受けて再度行った実験において、本願発明の実施品とする資料1は引用例記載の考案の実施品とする資料3及び資料4に比し、それぞれ引っ張り強度が39%、25%大きいという結果がでたことを認めることができる。
本願発明、引用例記載の考案とも、耳状突出部(環状耳部)の口径等具体的な嵌合条件は何ら特定されていないものであるから、これらの実験は、単に本願発明の1実施例と引用例記載の考案の1実施例との比較にすぎず(なお、資料2ないし4の環状耳部の長孔も口径が下方に僅かに拡がるように形成されていて、引用例に実施例として示されている形状とも異なっているが、前記の技術常識からすると、資料2ないし4の引っ張り力等を弱める方向には働かない。)、これをもって直ちに、本願発明の構成による連結の方が引用例記載の考案の構成による連結より、その示された程度において強固であると認めることはできないが、その結果は、前記の技術常識に沿うものということができる。
しかし、本願明細書に記載された本願発明の技術的課題及び作用効果は、前記1(1)、(3)のとおりであり、本願明細書には、本願発明の連結手段に関する構成から得られる作用効果についての記載は一切ないことが認められる。
原告が指摘する本願明細書の「隣接する要素間の結合(連結)が外れることすらあった。」との記載も、前記1(1)で認定したところから明らかなとおり、連結手段の欠陥として述べられているのではなく、補強部材の強度の問題として述べられていることは明らかである。
そして、このことは、このような連結手段において、耳状突出部の口径を下方に僅かに拡げるようにする構成は、当業者が普通に採用するもので、それによる効果を殊更説明するまでもない程度のものであることを表しているものということができる。
一方、前掲甲第3号証によれば、引用例には、「環状耳部(4)の通孔(3)を楕円形状に形成しているので、突起部(5)が通孔(3)内で自由に移動することができ、突起部(5)の先端に面取り(5a)を施してあることと相俟って突起部(5)の嵌入を容易にし、又突起部(5)を基端部より先端に向かってその直径を漸時(「漸次」の誤り。)大きくしてあるので通孔(3)に嵌入後は良くフイットしてタイル主体(1)の連結を確実にする。」(3頁14行ないし20行)と記載されていることを認めることができ、引用例記載の考案の連結手段により連結が確実に行われることが示されている。
本願発明の連結手段の構成も引用例記載の考案のそれも、ともに板状要素(タイル主体)の枠に雄雌係合する耳状突出部(環状耳部)と突出部(突起部)とを設け、突出部を耳状突出部の通孔に嵌入させて、両者の接触により連結力を得るという点で全く同一の技術に係るものである。
この種の床敷物は、不要となったときには、これをしまい込むために各板状要素(タイル主体)の連結を解くことが予定されており、また、連結を強固にしようとすれば、その反面、連結作業(突出部の嵌入)が困難になることもあり得るものであるから、連結は強固であればある程良いというものではなく、その用途や作業性に応じた必要にして十分な強固性というものがあるものと認められる。
そして、本願発明の耳状突出部の構成の方が引用例記載の環状耳部の構成よりも連結が強固になることは確かであるが、それは技術常識上普通に想到し得る構成であり、また、引用例記載の考案の環状耳部の構成でも連結の強固性には格別の問題はないこと等を勘案すると、耳状突出部(環状耳部)の通孔の形状をどうするかは、単に床敷物にかかることが予想される荷重、設ける耳状突出部の個数、用いる材料の可撓性の程度や製作上の便宜等を考慮して選択する設計事項にすぎないものであり、本願発明の連結手段の構成を引用例記載の考案の連結手段の構成とは技術的思想の異なる別異の発明であると評価することができるものではない。
審決が本願発明の構成によっては格別の効果はない等として、本願発明と引用例記載の考案との構成の相違は構造上の微差であり、両者の連結手段に実質的な差異はないと判断したことも、結局、以上のことをいうにあることは明らかであるから、審決の判断は正当であるというべきである。
4 以上のとおり、原告の審決の取消事由の主張はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。
第3 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)
別紙図面1
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別紙図面2
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